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ディープインパクトの父

日本競馬界を大きく変えた偉大な父

ディープインパクトが誕生するちょうど16年前、アメリカ・ケンタッキー州のストーンファームで青鹿毛の牡馬が誕生した。そうディープインパクトの父サンデーサイレンスである。

88年にデビューし3歳時にサンタアニタダービー(GI)を2着馬に11馬身差をつけ優勝し、アメリカの三冠レースの1冠目になるケンタッキーダービーも優勝した。

つづく2冠目になるプリークネスステークスも鼻差という辛勝だが優勝。しかし3冠目のベルモントステークスは優勝した馬に8馬身差をつけられ2着に終わった。その後もGIを3勝し4歳に引退。(通算成績14戦9勝 GI6勝)

引退後、社台ファームの創始者・吉田善哉氏が約16億5000万円で購入し日本に輸入された。 (総額25億5000万円【1株4250万円×60口】のシンジゲートが組まれた・・・たかっ笑)初年度産駒がデビューしたのが94年でフジキセキが朝日杯3歳Sを勝ち3歳王者になった。

(朝日杯3歳Sは当時のレース名・ちなみに無敗のまま弥生賞を優勝したが故障し3月に引退)95年にはジェニュイン(皐月賞)・タヤスツヨシ(日本ダービー)・ダンスパートナー(オークス)がクラシック路線でそれぞれ優勝し、サンデーサイレンスの時代の幕開けをした。

サンデーサイレンスは95年から06年まで12年連続でリーディングサイヤーになり06年終了まで で42頭の産駒がなんと・・・74のGI勝利をしている。サンデーサイレンスは、日本競馬界を大きく変えたね。めっちゃね!!

出走する馬のほとんどが父SS(サンデーサイレンス)みたいなね!!それに反発して父がSSじ ゃない馬の馬券だけで買ってた時あったけど・・・えぇ負けてますとも笑

そんな偉大な種牡馬も02年8月19日に死亡した。最後の産駒が新馬として出走するのは05年、クラシックを争うのは06年で終了。06年のクラシックはSS産駒の勝ち星は無し。

SSの死は大きいが直仔の後継種牡馬達が早期から結果を出している為、SS系は続くだろう。
・フジキセキ→カネヒキリ(05年ジャパンカップダート・06年フェブラリーステークス【中央競馬のみ記載】)
・ダンスインザダーク→デルタブルース(04年菊花賞・06年メルボンカップ)
・スペシャルウィーク→シーザリオ(05年オークス・アメリカンオークス)
・アグネスタキオン→ロジック(06年NHKマイルカップ)
・ステイゴールド→ドリームジャーニー(06年朝日杯フューチュリティーS)  

   

これからもSS系の種牡馬が父の代わりになり続々GI馬を輩出する・・・かな・・・。

ディープインパクトについて

ディープインパクトの生い立ち、ディープインパクトの父や母はどのような馬だったのか?日本の超人気馬「ディープインパクト」がレースに出る前までの歴史を紹介しています。

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