名調教師・池江敏行
ディープに我慢を覚えさせた名調教助手 池江敏行
1962年大分県出身。
・1976年まで騎手だった叔父の池江泰郎の影響で自分も騎手になろうと決意し
中学を卒業後就職した。
・78年に栗東トレセンに来たが体が大きく騎手になれない為断念し、浅見国一厩舎で
働いていた。
・79年に池江泰郎が開業すると同時に池江厩舎で調教助手になり厩舎の馬の稽古を
つけている。
・91年、92年天皇賞(春)を連覇したメジロマックイーンの調教もつけていた。
自身がメジロマックイーンなどの名馬の調教をしていた為、ディープインパクトという馬の稽古をつける際に糧となりうまくいったという。しかし、そのプレッシャーはものすごいものだったろう。
ディープの時の色々なプレッシャーもすごかったろうけど、メジロマックイーンの時のプレッシャーもそうとうな物があったに違いない。その反省がなければディープインパクトに色々な事を教える事はできなかったんじゃないかなぁって思います。
じゃなければ3000mの菊花賞・3200mの天皇賞を走る事はできなかったんじゃないかな。 菊花賞の際は1周目のゴール板前は微妙に掛かってたし・・・↓(観ててヒヤヒヤした苦笑) それが天皇賞は完全に折り合っていた。
すごい苦労だったろうけど、あれがなければディープが最後の直線で繰り出す鬼脚は無かった かも?しんないね。